じゃじゃ馬グルーミン☆UP!のSSおきば。
2 オンナノコの事情
女なら、きっと。
気付かなきゃいけないことだったんだろう。
後になっても遅いこと。
…だけどあたしはまだ、気付いても、思い出してもいなかった…。
今日はやけに、仕事がとても長く感じられる日だった。
いつもは、あっという間に過ぎていく気がするのに。
「ただいま-……」
仕事明け、いつもだったら何のこともなく、余力だってかなり残ってる。
そりゃ疲れてはいるけど(なんてったって体力勝負みたいなところもあるしね)、お風呂に入ってしまえば抜けてしまうくらいの。
けど今日は、なんか知んないけどあたしの体はひどく疲労していた。そう実感できるほど。
「お帰りなさーい」
台所からおねえちゃんの声。「おかえり、ひびき」同時に父さんの声も。
あたしはその声を右から左へ受け流しながら、リビングのソファに倒れこんだ。疲れてるせいか、眠くて仕方がない。自分の部屋に行くのも、億劫で。
なしてこんなに疲れてるんだべ? いつもより仕事がハードだったわけでなし、むしろ楽だったのに近いのに……。
「どうしたの、ひびきちゃん」
そんなあたしに、いつのまにかリビングにきていたたづなが声をかけてくる。
「どうしたのって、何がさ?」
頭ごと体を丸めてたあたしは、何とかして顔をたづなに向けて上げた。なんかたづなは、あたしを心配そうに見ている感じ。
「なんか、辛そうだからさ」
「辛そう? そう見える?」
辛いっていうか、疲れてるだけなんだけど。
「見える見えるー」
ひづめまで突っ込んできた。テレビの前でなんかのゲームに夢中になっているのにそんなことわかんのかな。いや、別にそんなことどうだっていいんだけどさ。
「おねえちゃんに言って薬貰ってきたげようか?」
やけに親身に言ってきてくれるたづな。そんなにあたし、辛そうに見えるのかな。別にそこまで自覚ないんだけど。
「別に……そこまで酷くないから」
あたしがそう断ると、「あっ、そうなんだ」とたづなは何かひらめいたような顔をして、安心したように笑った。「それなら心配ないね」
「それなら、って? なんか判るの?」
あたしが聞くと、逆にたづなは拍子抜けしたように、「違うの?」と聞いてくる。話が噛み合わない。「違う、って何が違うのさ」
「ほら、アレよ。今ひびきちゃん、そうなんじゃないの?」
「アレ? アレって」
あたしが首をかしげると、たづなも首をかしげた。口をパクパク動かして、何かを伝えようとしてるけど―――ちゃんと言えばいいのに、とあたしは言おうとして……たづなの言いたいことに気づいた。
台所には今、父さんがいる。だからたづなは口に出さなかったんだ。
「あぁ…アレね」
「そうなんでしょ」
たづなが顔を覗き込んでくる。そうなんでしょ、って言われても……。
「ひびきちゃん、毎月結構辛そうじゃん。仕事に出れば平気な顔してるけどさ」
ゲームしてるくせにあたしたちの会話までちゃんと聞いてるひづめが、顔だけこちらに向けて言う。
「あたしは殆どキツくないから、そういうのは判らないけどねッ♪」
「あんたは黙ってゲームしてな」
茶化そうとするひづめに、たづなは冷たい一言。というよりたづなが言う前にもうひづめはテレビの画面に目をやってたけど。
「ほんとに大丈夫なの?」
心配そうに言ってくれるたづなに、たづながこんなにあたしを心配してくれるのはすっごく久し振りかも、とあたしはどうでもいいことを考えてしまう。いや、心配してくれるのは嬉しいんだけど。
「って言うより、あたし今そうじゃないから」
確かに時期的にはここら辺りなんだけど。言われてみると、まだだ。
でも、―――あれ……? あたしは自分の頭を掻きあげ、何かを、思い出しそうになった。
そういえば、確か……?
「そうなの? あたしそうだと思ってた」
たづながきょとんとあたしを見る。「っ!」たづなの言葉に、あたしの頭に浮かんだ「何か」の疑問が、ふっと消えてしまう。えと。あたし、今何を考えようとしてたんだっけ?
思い出そうとして、でもそれもめんどくさくなって、やめた。
ほんとに大事なことならいつかまた思い出すだろうし、
忘れるくらいなら、大事なことでもないってことだべ。
「じゃ、風邪かな。やっぱり薬貰ってきてあげようか」
「……ん、どうしよっかな。でもあたし、薬嫌いだし」
「何子供みたいこと言ってんのよ!」
「ひびきちゃん、たづなちゃん。何言い争ってるのか判らないけど、ご飯できたわよ」
あたしとたづなの間に、おねえちゃんが入ってきた。「あぁ、うん」あたし達の問答も、取り合えずそこで終わった。
「いただきまーす」
「はい、いただきます」
みんなが団欒(っていうんだべ?)のなかご飯を食べていく中。
「……」
なしてか、あたしの箸は一向に進まなかった。
っていうか、食欲がぜんぜん沸いてこない。
「でさー、坂本のバカときたらさー……」
「あんた、友達に向かってバカとはなんだい」
「そうよ。そんなこと言うもんじゃないわ。ひづめちゃん」
「ひづめだって言われてるんだぞ。そういう風に言う相手には」
「な、なんだよー? 集中攻撃?」
みんなが和やかにご飯を食べてるのに、なんかあたし一人、その雰囲気にも入り込めない。
なんか、気持ち悪くさえなってきてる。疲れがひどくなってきてるのかい?
ご飯が美味しく感じられない。
ご飯を食べてくごとに、気持ち悪さが増していく気さえする。
「どうしたのひびきちゃん、あんまりご飯進んでないわね」
そんなあたしに気づいたのか、おねえちゃんが父さんのおかわりをよそいながら聞いてきた。
「そんなことないよ」
まさか美味しくない、なんていえないっしょ。あたしは笑顔を作り、にこっと笑って見せた。「それならいいんだけど」おねえちゃんはまだ心配げにあたしを見ながら、今度は母さんのおかわりをお茶碗によそった。
でも、ご飯が美味しくないって思うの、久し振りかな――あたしはなかなか減らないお茶碗のご飯を見て思った。
いつもは馬乗って体使ってるから、ほんとおなか減るし、ご飯だって美味しいのに(勿論おねえちゃんの料理が上手だからだけどさ)。
それにご飯が始まるほんの少し前までは、確かに食欲もあった。なのに、急に……。
いつもは何も感じない、ご飯の匂いさえ気持ち悪く感じて。
「ねぇ父さん、ご飯終わったらしっぽ呼んでもいい?」
もそもそとなかなか進まない食事を進めてるあたしを尻目に、ひづめは馬車馬みたいな勢いでご飯を食べながら、父さんに聞いた。
父さんは目をぱちくりとさせ、「ひづめがかい?」とひづめに聞く。
「うん。対戦ゲーム買ったんだけどさ、相手いないし。つまんないから、しっぽとやろーかな―なんて。あっ、ひびきちゃん別にいいでしょ?」
「なしてあたしに聞くのさ」
「駿平くんも明日早いんだから、あまり長居させちゃいけないよ」
「判ってる判ってる!」
ひづめが嬉しそうに頷いた。そのまま凄い勢いでご飯を食べ終えてしまう。
そんなにゲームがいいもんかね。やっぱりあたしは進まないご飯をもそもそと食べていた。
食べられないご飯を食べてたもんだから、やっぱあたしが食べ終わるのが一番遅かった。あたしが「ご馳走様」とやっと言えた時、ひづめはもう駿平を寮から引っ張り出していた。
「お邪魔しまーす」駿平が家に入ってくると、途端にひづめは駿平の手を引っ張りリビングに呼び入れた。「早く早く!」
「何でオレがひづめちゃんの相手するわけ?」
駿平がちょっと不満そうにひづめに言っている。まぁそうだわ。明日も早いってのにね。
「いいじゃん。どうせあんただってあとは寝るだけなんでしょ? 一人淋しく寝るだけより、こんなに可愛いひづめちゃんと一緒にゲームしてたほうがよっぽど楽しく時間を送れるってもんよ」
ひづめは駿平に無茶苦茶な説明をする。あたしはリビングのソファで横になりながらその様子を見ていた。
そこでひづめのワガママを振り切って寮に戻ってくぐらいするなら、あたしも駿平をちょっと見直すんだけど。
やっぱり駿平はひづめのワガママを受け入れて、渋々ながらも一緒にゲームを始めた。
相変わらず弱いね、この男は。
「―――……」
そんな駿平を見てるうちに、なんだかまたあたしの気持ちが悪くなってきた。「――…?」なんかしんないけど、だるくなってくる。
おなかの中のものが全部、こみ上げてくるみたいな。
「気持ちわる……」
ソファから起き上がり、あたしはうずくまった。「ひびきさん?」駿平はそんなあたしに気づいて、こちらを見てくれる。
「ひびきちゃん、どうしたの?」さすがにひづめもこっちを見た。
「おねえちゃん、ひびきちゃんが!」
ひづめが大きな声をあげて、おねえちゃんを呼んだ。台所で洗い物をしていたおねえちゃんも、こちらを向く。
「ひづめ。そんな大きな声出すんじゃないよ。あたしは、……大丈夫だからさ」
「大丈夫って顔してないよ。おねえちゃん! ひびきちゃんが」
強がりの態度は長く続けられなかった。
「どうしたの、ひびきちゃん……顔、真っ青じゃない!」
強がる元気さえ、今のあたしには沸いてこなかったから。
何でだろう、体に力が……入らない―――…。
「37.2度か……微妙な上がり方ね」
計ったばっかの体温計を見ながら、おねえちゃんが言う。
「でも、風邪ねこれは。薬持ってきてあげるから、ちゃんと飲んでね。何かほしいものとか、食べたいものとかある? 作ってきてあげるわ」
「別に、ない。そんなに気にしなくていいよ」
あたしは自分の部屋に連れて来られていた。有無を言わさず横にさせられ、今、熱を測らされた。別に、どうってことないのに。ちょっと、気持ちが悪いだけで、さ。
「んなこといってるうちに、どんどん体調悪くなってくんじゃないか」
横から駿平。ひづめとのゲームも打ち切って、駿平は部屋までついてきてくれた。心配そうに、あたしを見ている。
「煩いな。大丈夫だって言ったら大丈夫なの。あんたも朝早いんだから、とっとと帰りなさいよ」
「そういうこと言う? フツー」
駿平は呆れながら言う。ふん、知らない。
「じゃあおねえちゃん、薬取ってくるから。おとなしく寝てるのよ」
……おねえちゃんまで。大丈夫だって言ってるのに! しょうがないから、あたしは毛布に包まった。みんなして、過剰なんだから。
「明日きついようなら、やっぱり休んだほうがいいよ。無理してるうちに、病院行き、なんてことになるんだから。ケンさんも心配してた」
「ケンさんまで? ……んもう。みんな、たいしたことないのに」
「そんなこと言って。いつもひびきさんギリギリまで我慢するんだもんな。―――いつだったっけ、熱出したときもそうだったじゃないか」
「熱ならあんただって出してるべさ」
「オレの話じゃないの! 佑騎さんの模擬レースの時だったっけ? ひびきさんが一番行きたかったくせに、変なとこで我慢するから」
言われて、あたしは思い出した。あぁ……、確かあの時も、駿平がそばにいてくれたっけ。
りんご切ってくれたり、シチュー(レトルトだったと思うけど)を作ってくれたり……いろいろしてくれた。
そう言えば、あたしになんかあった時、たいてい駿平は側にいてくれてる……。 そんなどうでもいいことを、あたしは思い出していた。
「……ひびきさん?」
ボーッとしてしまったあたしに、駿平は顔を突き出した。「あっ! 別に何でもない」あたしは体を壁に向ける。
「ねぇ、駿平」
体が、なんだか熱い。
「ん?」
これは、風邪のせい?
「あんた、確かあの時言ってたよね。「社長も、奥さんが風邪ひいたらこんな風に世話するのかね」……みたいなこと」
「言ったっけそんなこと?」
なんだかほんとに熱っぽい。ほんとに風邪みたいだ。きょとんと聞いてくる駿平に、「言った」とあたしは返した。
「父さんも、母さんが風邪ひいた時は、仕事ほったらかしで看病してるわ。それが、たいしたことのない風邪でもさ」
多分こんな気持ちは、熱のせいだ。
「うん……?」と駿平。あたしが何を言おうとしてるのか、ちょっと図りかねてるみたいな顔で。言ってるあたしも、実はよく判んないんだけど。
だって、熱のせいでなきゃ。……熱のせいでなきゃ、あたしがこんな風に思うなんて、ないもの。
「―――これからの将来も、あんた、こうしてくれるかい?」
あたしは改めて駿平に体を向けた。
「え?」
「だから。あたしがこれから風邪引いたりしても、あんた看病してくれる、って聞いてるの」
駿平は一瞬、はて? と考えるそぶりをして見せた。そしてすぐ、
「当たり前だろ。ひびきさんが苦しんでるのに、オレが放ってなんて置けないでしょー」
まったくトンチンカンな答えをして見せる。あたしが聞きたいのは、……そんなことじゃないのに。「……バカ!」
「バ、バカぁ?」
あたしはまた、壁に体を向けた。
もう知らない! こんな鈍感な男のことなんか!
―――一方、1階の台所。
「あっ!」
洗い物をしてたおねえちゃんが、声をあげた。「どうしたの、おねえちゃん」手伝いをしてたたづなが、顔を向ける。
「いけない、すっかり忘れてた。ひびきちゃんに薬持ってかなきゃ」
「ひびきちゃんのことだから、明日にはけろっとしてると思うけどね。何しろ馬女だし」
「自分のおねえちゃんのこと、そんな風に言うもんじゃないわ。……ええと、薬箱は……」
おねえちゃんが薬箱を探しに台所を出ようとする。「ひびきちゃんのことなら、そんなに心配しなくても」とたづなはさらに言った。
「あら、どうしてそう思うの? 風邪だったらこじれる前に直さないと、タイヘンなことになりかねないし」
「だって、多分ひびきちゃんの今日は、アレになっちゃうからよ。前、聞いたことあるの。キツい人って、なる前の日から体調が悪くなるって」
「あら……、そうなの?」
目をぱちくりさせるおねえちゃんに、「そうそう」とたづな。
「だって、先月ひびきちゃん全然キツそうじゃなかったじゃない。だから今月ツケが回ってきたのよ」
「ツケって…、え? ちょっと待って、たづなちゃん。ひびきちゃん、先月キツそうじゃなかったって。それって、ならなかったってこと?」
「え? そこまでは判んないよ。別になったからって「なったの?」なんて聞くわけないし。たまたま痛くなかった月なんじゃないか、って言っただけ」
「でもひびきちゃん、今までそんなこと一度もなかったわ。仕事じゃちょっと無理してるみたいだったけど、痛くなかった月だなんて。月一に必ず、痛み止め頂戴って言ってきてたくらいだったのよ?」
「体の変化って奴じゃないの?」
たづなのさりげない一言に、おねえちゃんは目を大きくして、固まる。「体の変化って……」
「どうしたの、おねえちゃん?」
「そう言えばひびきちゃん……今月も……?」
「―――え?」
固まるおねえちゃんとたづな。勿論あたしは、そんなことは知らないでいたけど。
でも後になって思えば、思い出すべきだったんだと思うんだ、あの時、ふっと思った「何か」の疑問。
何をあたしは忘れちゃっていたのか。
これは、まぁ……すぐにも、判ることになるんだけど。
―――オンナノコの事情。
あたしは自分の身体の変化なんて、まだちっとも、気づいてはいなかったけど。
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