愛あるところに、宿るもの。
1 駿平の気持ち
オレ達は今、多分今しか見えていないんだろう。
そう思うのはオレだけだろうか?
でもオレは少なくとも、キミと、
ずっと将来を考えていきたいとは思っているけれど…。
―――オレが好きなのはひびきさんだ!
そうひびきさんに告白して、もう、1年以上……。
オレは、暗闇の中ふと目を覚ました。
ここは……? と一瞬思って、すぐに思い出す。ここは……、俺が予約を入れたホテルの部屋だ。
ベットに備え付けられたライトに手を伸ばし、明かりをつけた。
「………」
我ながら、今回はよく動いたと思う。
ひびきさんの休みを調べて、その日にケンさんも休みだと知って、渋られるどころか、怒られるのを承知で休みを代わってくれと頼んで。
ひびきさんの了承も取ってないのに、ホテルの予約まで入れて。
―――でも正直、ひびきさんが受け入れてくれるかどうかは賭けだった。そういうのをひびきさんが嫌がる、っていうのは容易に想像できたことだし、OKが出ても上手くいくかどうか……、全部、勝てるかも判らない賭けだった。
『「―――馬鹿だね、あんた」』
けど、その賭けにどうやらオレは勝てたみたいだ。
―――……何でかって言うと、オレの……、今、オレの腕の中で、
「う……ん……」
ひびきさんが気持ちよさそうに……眠ってるから。
「うぅん……」
オレは柔らかなひびきさんの髪を指でいじった。
あの嵐の夜もそう思ったけど、ひびきさんの体は思ったよりずっと柔らかくて、綺麗だった。
『「駿平―――」』
やっぱり女のコだな、と思わせる温かさで、オレを包んでくれた。
こうして寝顔を見つめてると、ひびきさんのいつものイメージとはちょっと違っていて、何だか笑えた。
いつものひびきさんは凛として、颯爽として、カッコ良くて。そんなイメージが強いけど、今オレの腕の中で眠ってるひびきさんは、……それとはまったく逆で。
か弱げで、無防備で。可愛い、って言葉が一番似合うような気がした。
もしかしてオレって、世界一幸せな人間なんじゃないだろうか? ひびきさんの寝顔を見てると、そう思ってしまう。
その体に抱きついて、思いっきりキスしたくなる衝動に駆られる。滅茶苦茶にしてしまいたい、そんな熱い衝動が俺を襲う。
「ん…駿平…」
と、オレの夢でも見てるのか、ひびきさんがオレの名を呼んだ。
「……ひびき、さん」
その可愛らしい呼び声で、オレは自分の中から突き上がってくる衝動を何とか抑えることにした。
後でひびきさんにビンタくらいそうな衝動を今爆発させるよりも、
全てをオレに預けて眠ってるひびきさんの寝顔を見てるほうが、ずっと、オレには大事なことに思えたから。
「駿平……?」
また、ひびきさんがオレの名を呼ぶ。一体どんな夢を見てるんだろう。
「オレはここにいるよ、ひびきさん」
それが夢の中での台詞だと判ってても、オレは返事しないではいられなかった。
このぐらいならいいよな。ひびきさんの可愛らしい半開きになった唇に、オレはちょっとだけ自分の唇を、重ねた。
「よーし駿平、今日も頑張るよ!」
ホテルから帰ってきて、オレ達にはまたいつもの日常が戻ってきた。
ひびきさんは仕事中は「馬の面倒見てるときに、ボーッとしてるわけにはいかないべ」と以前言った通り、仕事中はオレを想ってくれてるような態度は殆ど微塵にも出してくれない。(……そこがひびきさんのいいとこでもあり、ちょっと哀しいとこでもあり)
この前はそれを判ってても不安になって、少しでもひびきさんと二人きりでいたくて、つい先走ってしまったけど、ひびきさんの心がやっぱりオレに向いていてくれてる、と昨日はっきりと判ったから、もうオレもそれで構わない。
って言うか、オレもひびきさんに「仕事中は馬最優先で考えることにします」って前誓ったんだから、ひびきさんの態度にどーこーいえる資格なんてないんだけどさ。……ま、それはやっぱり好きなひとと一緒に働いてる男のボヤキってことで(笑)。
でもさ。判ってても、どっか不安になる、ってことひびきさんにはないんだろうか。
ケンさんと話してるひびきさん。その集中した表情を見てると、つい思ってしまう。
オレたち、これからの将来どうなるんだろう……?
生きている以上、オレたち年をとってくわけで。ずっと今のままでいられたらそりゃ最高なんだろうけど、そういうわけにもいかなくなる、って時がいつかくるだろ?
オレたちをこれから、何が待ってるんだろ。
そりゃ、何事もなく過ぎていけば、多分結婚……ていう未来もいつか見えてくるのかもしれない。
でもまだオレには、そんなことをひびきさんに言える勇気なんかない。もし言えたとしても、きっとひびきさんを困らせるだけだ。
今のままじゃ、きっと……。
「駿平、またボーっとしてるよ!」
なんてことを思ってたら、当のひびきさんから注意されてしまった。
「はーい。すんませ―ん」
ま、今そんなこと考えても仕方ないか。オレは今考えてたことをとりあえず忘れて、仕事に戻った。
「……ふぅ」
「どーしたんだいひびきちゃん。まだ疲れるような時間じゃないよ」
オレが離れたあとのひびきさんと、ケンさん。
そうなんですけどね。何かちょっと調子悪くて……」
「おいおい、昨日休みだったって言うのにどうしたんだい? 風邪でも引いたか?」
「ううん、風邪なんて。―――あんま寝てなかったから、多分それがひびいてるんですよ」
「ふぅん。寝てなかった……ね。そりゃタイヘンだね」
ケンさんの意地悪な視線に、ひびきさんが顔を真っ赤にさせる。
「あ! あの、変な意味じゃなくて!」
「僕は何も言ってないよ。―――でも、ちょっとした不注意が大きな事故に繋がりかねないんだからね。気を引き締めていこう」
「はーい!」
わざと大きくしてるのか、ひびきさんの返事の声は少し離れたオレの耳にまで届いた。
「お疲れ様でしたー」
―――仕事が終わり、寮へ戻ろうとしている途中。
「あ、駿平くん。ちょっといいかい」
オレはケンさんに呼び止められ「はい?」と振り返る。ケンさんはちょっと困った顔をして、少し嫌味っぽく俺に言った。
「ちゃんとひびきちゃんを寝かせてやってくれよ。寝不足で落馬、なんてことになったらタイヘンだから」
「は、はい……?」
言われて、俺は最初意味が判らなかった。ちゃんと寝かせてやってくれ……? 赤ん坊じゃあるまいに。
ぽかんとしてる俺に、ケンさんは少し焦れ気味に言う。
「昨夜はひびきちゃんと楽しかったんだろ?」
「!!!」
オレの顔が瞬時に真っ赤になる。「あ……、その……」俺が口ごもって何も言えなくなると、ケンさんはそんな俺を面白がるように笑った。
そういや、ケンさんには休みを代わってもらう手前、どうして休みを変わらなきゃいけないのかも教えていた。最初ケンさんは渋ってたけど、「まぁ別に休みを変わっても影響はないから……」と許してくれたんだ。
ケンさんが上手く言ってくれてたんだろう、寮でも梅さんをはじめとする誰にも何も言われなかった。俺にはそれがちょっと不気味ではあったけど、助かった気もしたのは確かだった。
「それに関して突っ込む気は毛頭ないけどね。仲良きことは良きことかな、とも言うし。でも、それが仕事にまで影響しちゃいけない。それは君も判ってるだろ?」
なんかひびきさんと同じこというな、と俺は思いながらも、「はい」と俺は返事した。確かにそれは、その通りだ。
「うん、判ってるなら、いい。でもひびきちゃん、今日はずっと調子悪そうだったからね。寝不足、といっても君はそれほどでもなさそうだし。昨日……ひびきちゃんは元気だったんだろ?」
「ええ、はい」
「大丈夫だとは思うんだけど、病院に行かせたほうがいいかな」
「病院、ですか」
ひびきさんは自分が苦しくてもつい我慢してしまうクセがある。そんなひびきさんに、ケンさんが病院に行かせたほうがいい、って言わせるくらいだから、もし体調がほんとに悪いんだとしたら、相当辛いってことだろう。
でもひびきさん意外と駄々っ子で、病院嫌いなんだよなー。
「じゃ、次の休みに病院に行くように、オレから言ってみましょうか。ひびきさんの次の休みって、いつでしたっけ」
「3日後だよ。もし明日も辛そうだったら、僕からも言っておくよ」
「判りました。オレもそうします」
「うん。じゃ、寮に戻ろうか」
夕闇迫る渡会牧場。
オレはまだ、ケンさんの言葉を、それほど強く受け止めてはいなかった。
ひびきさんの体のことも、必要以上に心配はしてなかった。